
お話をしてくれた方

野村 卓弘さん
土佐酸素株式会社 代表取締役社長
2023年に高知県初の「水素ステーション」が誕生したのをご存知でしょうか?
その水素ステーションを手がけたのは、2024年5月に創業80周年を迎えた「土佐酸素株式会社」です。水素ステーションとはどのような施設なのか、また高圧ガスの製造や販売をおこなう同社が水素ステーションの運営に踏み出した想いを代表取締役社長・野村 卓弘さんにお話を伺いました。

医療・半導体分野と産業ガスに対するニーズをサポートする企業
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- まずは、土佐酸素株式会社の主な事業内容について教えてください。
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当社は、高圧ガスの製造販売をおこなう会社です。普段の生活では見えにくいですが、高知県の産業に欠かせないガスを供給しています。例えば、工場での溶接の際に使うガス、医療現場や在宅酸素療法(※1)での酸素、歯科で使う笑気麻酔(※2)など、病院、鉄工所、造船所といった高知県の産業の下支えをしています。また、高知県内で唯一ボンベの充填所(※3)を所有しております。
※1 血中の酸素が不足している方が、不足している酸素を鼻から吸入する治療法で、酸素供給装置を使用しておこなう
※2 笑気という気体を鼻から吸入し、鎮静、睡眠、鎮痛の作用によってリラックスした状態になり、痛みや不安を感じにくくするもの
※3 ガスを容器に詰める設備を備えた基地で、ガスを消費者に届けるためにガスを貯蔵する場所
水素で走る車の普及に向けて水素ステーションを整備
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今回は、脱炭素と関わりのある「水素ステーション」ついてお話を伺います。
まず、「水素ステーション」とはどのような施設なのかを教えてください。
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水素ステーションとは、一般的な自動車で言うと「ガソリンスタンド」のことです。ただし、入れるのがガソリンではなく「水素」というガスです。水素は気体なので、圧縮された高圧の状態で車に充填されます。この水素を燃料として走る車をFCV車(燃料自動車)(※4)と言います。FCV車から排出されるのは水だけなので、走行中にCO₂(二酸化炭素)を排出しない環境にやさしい車です。
とはいえ、FCV車は高知県ではまだ20台ほどです。価格面や認知度に課題があり、まだまだ普及していないのが現状です。
※4 Fuel Cell Electric Vehicleの略称
車両に搭載した燃料電池で水素と酸素を化学反応させて発電し、その電気でモーターを動かして走行する仕組み
- 「20台」となると、普及までにまだ時間がかかりそうですが、それでも水素ステーションを整備した理由を教えてください。
- 簡単に説明すると、未来に向けた先行投資です。まだまだEV(※5)車(電気自動車)の普及率も低い中、FCV車は価格の高さ、車種に限りがあるなどEV車よりもさらに選択肢になりにくい理由もあり、普及するまでには時間がかかります。その一方で、そもそも水素を充填できる施設がないとFCV車を購入しても意味がないです。そこで、当社はFCV車普及のためのインフラとして、先に水素ステーションを整備しようと乗り出しました。
※5 Electric Vehicleの略称
ガソリンや軽油(ディーゼル)を使用せず、バッテリーに蓄えた電気でモーターを駆動して走る自動車
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- 今後、FCV車の普及は増えていくと考えていますか?
- 以前は家庭用乗用車としてFCV車を普及させる考えでしたが、先ほど説明したとおり、まだまだ普及に向けては課題があるので現状厳しいと考えています。一方、バスやトラックなどの商用車については、導入を進めようと日本全体が舵を切り始めました。CO₂(二酸化炭素)の排出割合は、人間社会全体の中で20%が乗り物によるものです。その乗り物が排出するCO₂(二酸化炭素)量を100%とした場合、10%が家庭用乗用車からの排出で、残り90%が商業車からの排出になります。そのため、商用車を水素燃料に切り替えるほうが、環境への影響は大きく、そうした商用車を活用している企業に対してFCV車に切り替えていくことで脱炭素へシフトしていくことが適正であると考えています。
️水素ステーション設立の裏側にあった葛藤と使命
- 水素ステーションの設立には、何かきっかけがありましたか?
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やりたいと言い始めたのは私の父である先代の社長です。2017年にFCV車が誕生したことがきっかけでした。その当時、FCV車に乗るとなると、高知県内で水素燃料を供給できる施設がないため、そもそも乗ることができませんでした。しかし当社は、高圧ガスを扱う会社として水素も取り扱っていたので、当社が取り組まないといけない事業だと思い、2018年に高知県で初となるFCV車を購入しました。
これが普及するためにはどうすればいいのか、利益が見込めないものに投資していいものかと社内で何度も協議しました。実を言うと、私は最初反対していました。水素ステーションの建設だけで大きな資金がいる上に、年間でも莫大な維持費と経費がのしかかります。そのため、社員の生活への責任もある中で、どうしても「やろう」とは言えませんでした。そうした中、2022年に高知県も普及に向けての方針を打ち出してくれたこともあり、高知県の未来のことを考え、高知県と一緒になって「高知の水素」として取り組むべきだと思い、着手しました。
- 水素ステーションを作ると決めた際の周りの反応はいかがでしたか?
- 当時は、否定的な意見が多かったですね。周りからは「すぐ潰れる」や「流行っていない」、「そんな施設を作ってどうするんだ」といった批判的な意見は多く、社内からも生活の保障を心配する声が多かったです。 ただ、水素ステーションが完成してからは状況が一転しました。もともと当社は、「野村家(※6)」として高知県内で知名度のあった会社でしたが、今では「水素ステーションの会社」と言われるようになり、新しい形での認知度が高まりました。また、高知県との関わりも深くなり、脱炭素に向けて社内外の協力体制も強くなったと感じています。
※6 高知県の海運・陸運の発程に貢献し、「土佐の交通王」と呼ばれた野村茂久馬の子孫
️コストよりも大切なもの「土佐酸素が示す未来」
- 高知県では初の水素ステーションですが、全国的な普及はどれくらいでしょうか?
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現在、全国では約200箇所の水素ステーションがありますが、持続費が高く継続が難しいため、閉鎖に追い込まれた施設も少なくありません。また、水素自体の調達コストも決して安いものではないですが、利用者のためにガソリンの値段を考慮した販売価格に抑えています。水素ステーションのメンテナンス費用も含めると、年間数千万円ものコストがかかる事業です。
それでも当社がこの事業を続けないといけないと思うのは、未来の子どもたちのために今からアクションを起こす必要があるからです。地球環境を守るための投資として考えています。

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「水素ステーションを作って終わり」ではないんですね。
最後に、展望を教えてください。
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水素ステーションを作ったのはゴールではなく、水素社会実現のためのスタートラインだと考えています。ここからどのように普段の乗り物が環境に優しいものへ変わり、水素を活用する社会ができていくか、今後はFCV車の普及に注力し、未来の高知県民が安心して暮らせる地域になればと思っています。
そのためには、FCV車だけでなくEV車などのCO₂(二酸化炭素)の排出量が少ない車を普及させる必要があります。「高いから買わない、乗らない」という考え方ではなく、未来の子どもたちのために環境を整備することが大事だと少しでも多くの方に考えてもらえるきっかけになれるといいですね。
私たちが普段乗っているガソリン車。特に高知県では移動の手段として、どうしても必要なものです。しかし、今やガソリン車だけでなく、EV車やFCV車といった環境に優しい車を選ぶことが可能になっています。この選択が未来につながることだと思いましたし、誰かが行動を起こさないと未来は何も変わらないと感じました。土佐酸素株式会社さんは、まさに、そのことを実行されたのだと思いました。
現代社会は、これまでの「便利を追求する時代」から、「たとえコストが掛かっても何が大切なのかを考え直す時代」に変わってきています。環境問題をみんなで取り組み、「あの人たちが頑張ってくれたから今の環境があるんだ」と未来の世代に思ってもらえるよう、日常生活で環境について考えるきっかけになると嬉しいです。